今日は、その小さな「記念日」-未公開-

が死のうと思ったのは
まだあなたに出会ってなかったから

 

なたのような人が生まれた

世界を少し好きになったよ

 

なたのような人が生きてる 

世界に少し期待するよ

 

出典 「僕が死のうと思ったのは」

作詞・曲 秋田ひろむ

日は「その小さな・・・」会社が生れるきっかけになった日です。

その人の夢は・・・ソーシャル・インクルージョンの実現・・・

そんな話から「はじまり」ました。

ーシャル・インクルージョンsocial inclusion社会的包摂(しゃかいてきほうせつ)とは、社会的に弱い立場にある人々をも含め市民ひとりひとり、排除や摩擦、孤独や孤立から援護し、社会(地域社会)の一員として取り込み、支え合う考え方のこと。社会的排除(しゃかいてきはいじょ)の反対の概念である。

 

出典 ウィキペディア(Wikipedia)

稲田大学で社会学を学び・・・卒業、それから上智で福祉を学ぶ・・・学生生活の間、バイトは障がい者の支援をし、東日本大震災が起これば福島に飛んでいきボランティア活動。フジロックでは子どもたちを預かる場所をつくった・・・ソーシャルワーカーとして地方創生と「社会的養護」の可能性を信じ、自らが「よそ者」として過疎化した離島に住み込み、島民と向き合った。

会的養護とは、保護者のない児童や、保護者に監護させることが適当でない児童を、公的責任で社会的に養育し、保護するとともに、養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うことです。社会的養護は、「子どもの最善の利益のために」と「社会全体で子どもを育む」を理念として行われています。

 

出典 厚生労働省より

疎化する地域で「社会的養護」は実現可能か?地域全体で「子ども」を育むことは可能か・・・縁もゆかりもない地域で「心に傷をおった子ども」は受け入れられ「居場所」に成り得るのか・・・地域の現場で、様々な問題とも向き合った・・・

そして・・・

童養護施設で子どもと向き合いながら、里親支援員として活動・・・ずっと・・・「子ども」の居場所のために・・・生きている人がいる。その「今」を積み重ねている。今でも・・・

心に傷をおった子どもの「居場所」を「つくる」こと・・・

「いってらっしゃい」「おかえり」「いただきますは?」「ごちそうさま」「ありがとうは?」そんな当たり前の環境を「つくる」ことがどれだけ難しいか・・・

の他人が「心に傷をおった子ども」の親になる・・・「居場所」になる・・・そこにはとんでもない熱量が存在している。たくさんの人の・・・苦悩や挫折・・・絶望・・・その先の「温かい家庭」というヒカリを信じて「子ども」の居場所のためだけに・・・真っ暗な暗闇を手探りでボロボロになりながら掘っていくんです。その手の傷・・・その思いや行動、その行間は目には見えない。

ってるのは・・・

傷ついてはがれかけた鱗が揺れるから

 

出典 「ファイト」 作曲/詞 中島みゆき

の中にはそんな人がたくさん存在している。それぞれの場所で、誰かのために生きている。

そして今日も様々な感情の中・・・自分自身と闘っている・・・

そして愚直なほどに真っ直ぐ笑う・・・

とてもとても、しあわせそうに。

独な人間がよく笑う理由を、たぶん私はもっともよく知っている。

 

・・・

 

ニーチェ

はどうなんだろう?

真っ直ぐ生きているのかな・・・

とてもとても幸せそうに笑っているのか・・・

分からない・・・多分そうじゃない・・・

そう在りたいと思う。けど・・・

そう在れないかもしれない・・・

でも信じている・・・いつか知らない誰かの生きる意味になれることを。

そして「アナタのような人が生まれ、生きているこの世界を」

僕は・・・きっと信じている。

らに何ができるのか?

子どもたちの未来の為に何が?

そんな問いに「応え」つづけたい。

今日も、明日も明後日も・・・

それに続く日々も・・・

それぞれの場所でそれぞれの役回りの中、みんな闘っている・・・

そして「誰か」の為に生きている。

それは触れ合う人だけとは限らない・・・

称性は宇宙の共通語だ

それは とても数学的な言葉で文字は三角形や円など幾何学的な図形 それを理解しなければ単語ひとつ読み解けない

 

でも話せる人間には はっきりとパターンが見える モザイクのように 幾何学的な図形が回転や反転を無限に繰り返す

 

その論理に従って この言葉を話すと次の展開が読める 先に何かあると信じることだ(ただ信じて進めばいい)

 

僕たちは壮大なモザイクの一部だ 蜂の巣の巣穴のように 直接触れ合える相手はごく限られているけど でも みんなでモザイクを作っている 

 

レンガの壁のように積み重なることで強度を増し 1つかければあっさり崩れ落ちる

 

気づくことないけど 壁は日々 堅固さを試されている でも倒れないのは みんなが支えあっているからだ

今日という日に「おめでとう」・・・そして

ありがとう。

本当のしさ・・・を。


本日の漢字

(読み)ユウ

[音]ユウ(イウ)(漢) [訓]たすける
かばい助ける。


日の一冊

「社会福祉原論」岡村重夫


会福祉とは「生活者の自己貫徹に対して最終的な責任を負う社会制度であり、社会的援助行為」と・・・

自己貫徹自分を自分自身を貫き通す)

2011(平成 23)年 10 月 8 日(土)と 9 日(日)に淑徳大学千葉キャンパスで開催された、日本社会福祉学会第 59 回秋季大会から。 加納恵子さんの 

定されない多様な主体が取り組む地域での集合的な活動が「オルタナティブな生き方」・・・「ローカルで・・・非論理的な知」・・・生的ですこぶる曖昧な実践にこそ、文化変容の可能性があるのかもしれない」・・・

など非常に興味深い言葉の並びに・・・ 

はっ!としたので紹介します。

岡村のユニークな試みの一つは、「社会福祉の限定」であると認識している。厳密な社会福祉の対象や機能の議論の果てにたどり着いたのが、「社会関係における主体的側面の援助」という「固有の視点」であった。

 

後の日本社会の高度な産業化過程にあって、引き裂かれていく個人の「社会生活」の主導権を自らの手に奪還する機能を、社会保障でも公衆衛生でもない「社会福祉―専門的ソーシャルワークー」に託してみてはどうか、という提案である。

 

くして、社会福祉を「生活者の自己貫徹に対して最終的な責任を負う社会制度であり、社会的援助行為」とまで言わしめ、その生活と援助の4つの原理を展開した。しかし、それは同時に、福祉国家という「包摂型社会」建設の最前線にあって国民一人一人の生活を新しい産業社会制度に安定させる機能を担う専門職の創設という意味でもあった。

 

の提案以降の半世紀、日本社会は、欧米と多少の時差はあるものの確実に福祉国家建設時代の包摂型社会から新自由主義経済主導の排除型社会へと移行している。福祉国家の普遍主義サービス群を前提に提起された「社会関係の主体的側面の援助」は、何と、福祉国家がゆらぎ社会が排除型へ移行する中でその有効性を発揮し始めた。

 

えば、ホームレス支援の分野でたどり着いた「寄り添い型支援」のパーソナル・サポーターたちは、まさに社会関係の不調和・欠損に苦しむ若者たちの主体的側面に働きかけ諸制度との関係を再構築する支援を行い始めて、その援助手法が今さらのように注目を集めている。

 

かし、この「寄り添い型支援」のスタイルは、岡村の限定した「社会福祉に固有の機能」だろうか。私にはそうは思えない。実際、特別支援教育やリハビリ、ターミナルケアの現場で、「寄り添い型支援」が展開されている。

 

まり、教育、医療、雇用などそれぞれに専門分化した社会制度とはいえ、サービス対象者の生活の全体性や主体性の原理を無視したままでは、サービスの効果が期待できないことが理解され、さらに、援助関係のポリティクスが明示したその管理主義や対象の無力化という逆説的な実態への批判も手伝って、専門援助の論理の射程に「社会関係の主体的側面の援助」は織り込まれつつある。社会福祉に固有どころか、今や対人サービス分野で共有できる方法原理となっている。

 

もあれ、岡村の「援助視点の転換」というロジックは、「縦割り」の強固なカベに風穴を開け、専門ネットワークという新たな援助方法を開発していく。専門職チームが、対象者の側に立つビジョンを共有することで、それぞれの専門職エゴ(独占性と排他性)を抑え、場合によっては、その援助の輪に素人の地域住民やボランティアを招き入れて、チームワークのコンピテンスを高めていく試みは、援助の高度化だけでなく多様化や開放化の方向(専門職文化の変容の可能性さえ)を示していて、興味深いのである。

 

除型社会の過剰包摂しかし、地域をも、そのトータルケアシステムに収めてマネジメントしていこうとする野心的な専門職の動向には、別な角度からの注視が必要である。特に排除型社会に移行してからの専門職への期待は、包摂型の社会統合へ向かっていた良き時代とは、明らかに質的に異なってきている。

 

除型社会の文化には、自己責任論とゼロ・トレランス政策を容易に受け入れる素地が醸成されるという。 確かに生活保護行政の抑制や触法障害者/高齢者/少年への対応も、社会防衛的側面(警察役割)を福祉専門職に期待し始めている。危険な人々や包摂不能な人々の排除役・監視役である。こうした動きを私たちは、「反福祉的」ポピュリズムと一蹴してきたが、よく見ると、もっと身近な地域活動にも微妙な変質の兆候が感じられる。

 

えば、福祉コミュニティづくりのテーマに防犯・防災が目立ち始め「社会安全」なる新概念が登場した。安全のコスト、つまりリスク計算を保険統計主義で行うようになってくると、これまでの牧歌的な「見守り」活動は、たちまち「監視」活動の様相を呈し始める・・・、といった具合である。

 

を含めた福祉コミュニティ推進派は、こうした社会的文脈による変質に気付かず、ずっと「社会的包摂の実践」と信じて疑わずに地域福祉援助実践を展開していないだろうか。しかも、文化的に包摂しておきながらその実現を系統的に排除するという、身もふたもない状況を「取り繕う役割」をである。

 

りわけ、岡村の「社会関係における主体的側面の援助」は、この「過剰包摂」に格好の適応支援の根拠となりうる。叱咤激励してやる気を出させ、マージナルな接続で支援を終了する、という寄り添い型支援。そうではなくて、「生活者の自己貫徹」という「固有の視点」を援助原理に持ち込む岡村の狙いは、次のように解釈すべきである。

 

祉専門職は、当事者とともに「生活困難」(排除型社会システム)に立ち向かうなかで「この社会にあわせて生きていくしかない」という文化的包摂の袋小路から抜け出すラジカルな(根源的な)共通体験を持つことで、専門援助モデルの変容を絶えず促すことが出来るのではないかと。

 

るいは、また、専門援助に限定されない多様な主体が取り組む地域での集合的な活動が「オルタナティブな生き方」を明示しているとも言えよう。 ちょうど、M.フーコー曰くの「ローカルで・・・非論理的な知」に通底する地域の自生的ですこぶる曖昧な実践にこそ、文化変容の可能性があるのかもしれない。

 

出典 岡村理論と現在―過剰包摂と専門援助― 

関西大学 加納恵子

こで問題です‼

保障審議会児童部会に設置された児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会の「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第14次報告)」(2018年(平成30年))に示された心中以外の虐待死に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。

1 死因となる虐待の種類は、ネグレクトが最も多い。

2 主たる加害者は、実父が最も多い。

3 虐待通告を受理した後、48時間以内に安全確認をすることを新たに提言した。

4 死亡した子どもの年齢は、0歳が最も多い。

5 児童相談所が関与していた事例が半数を超えている。

 

出典  社会福祉士試験 第32回(令和元年度) 児童や家庭に対する支援と児童・家庭福祉制度 

正解は・・・
1 死因となる虐待で最も多いのが「身体的虐待(55.1%)」です。次いで「ネグレクト(38.8%)」となっています。

2 主たる加害者で最も多いのは「実母(61.2%)」です。次いで「実母と実父(16.3%)」となっています。
3 48時間以内の子どもの安否確認は、設問にある検証結果で新たに提言されたものではなく、平成19年の児童相談所運営指針の見直しの際に提言されています。なお、近年児童虐待死亡事例が後を絶たないことから、平成30年に子どもの安否確認の徹底について等が記載された「児童虐待防止対策の強化に向けた緊急総合対策」が閣議決定され、実施されています
4 死亡した子どものうち、0歳が65.3%にのぼり、そのうち約半数が月齢0カ月の乳児です。
5 心中以外の虐待死事例で児童相談の関与があったのは、わずか16.3%です。


う一問‼

本における地域福祉の前史に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。
1 頼母子講(タノモシコウ)は、共済的・金融的機能を持ち、経済的救済を目的とした組織のことをいう。
2 7分積金制度は、生活に困窮する者の救済を目的とした儒教的徳治主義を象徴とする天皇の慈恵政策のことをいう。
3 五保の制は、生活に困窮する者がいた場合には、まずは親族間での相互扶助を重視した制度のことをいう。
4 結は、江戸幕府の下で町人の負担する町の経費を節約した額の中から積立てをして、貧民や孤児を救済した制度のことをいう。
5 戸令(コリョウ)は、五戸を一組として、共助の機能を持った農耕と貢納のための組織のことをいう。

正解は・・・

1 頼母子講(タノモシコウ)は、共済的・金融的機能を持ち、経済的救済を目的とした組織のことをいう。

2 七分積金制度は、生活に困窮する者の救済を目的とした儒教的徳治主義を象徴とする天皇の慈恵政策のことをいう。
七分積金制度は江戸の町費の7割を積み立てる制度ですので間違いです。

3 五保の制は、生活に困窮する者がいた場合には、まずは親族間での相互扶助を重視した制度のことをいう。
これは戸令の説明です。

4 結は、江戸幕府の下で町人の負担する町の経費を節約した額の中から積立てをして、貧民や孤児を救済した制度のことをいう。これは七分積金制度の説明です。

5 戸令(コリョウ)は、五戸を一組として、共助の機能を持った農耕と貢納のための組織のことをいう。
これは五保の制の説明です。


戸時代に地域で支え合ってきた仕組み

頼母子講(タノモシコウ)

何名か集まってそれぞれがお金を出し合って一人に与える、つぎには別の一人に与える。このような共に支え合う共済的、金融的機能のある経済的救済を目的とした組織のことです。

 

1791年・七分積金制度 

江戸や大阪中心の都市の救済のため、松平定信が寛政改革の際に江戸町方に命じた積立制度です。町費の7割を積立て、凶荒時の救済や孤児や貧民の救済を行いました。

 

五保の制

近隣の五戸を一組として、納税や治安維持に協力しあうなど、共助の機能を持った農耕と貢納のための組織です。

戸令

疾病、障害、高齢者、経済的困窮者など救済の対象を細かく分け、まずは親族間による相互扶助で、それでも難しい場合は近隣地域社会が救済することが求められた制度です。

田植えなどの農作業で、一時的に大勢の人手が必要な時に協力し合い、別の日には別の人を皆で助けるという仕組みです。


おはようございます。2020年8月6日(木曜日)
それでは第百二十話「はじまり」です。
今日のお話は「終わり」です。最後に・・・書いている理由、それは「人」です。

そう思える「人」がいなければ、僕は生きる「今」にたどり着いていません。

僕にとっての生きる意味・・・それは「あなた」です。

文章の所在が分からなくなったり、言葉では辿り着けないこともありますが・・・

今日も最後まで読んでくれて本当にありがとうございます!

今日という一日に「少し」の 勇気 
そんな【祐】
それではまた明日。

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